少子高齢化が進み、労働人口が減少する日本において、多くの企業が深刻な人手不足に直面しています。人材確保の難しさ、生産性の低下、サービス品質の低下など、人手不足が企業にもたらす影響は多岐にわたり、企業の存続を危うくする可能性があります。
本記事では、人手不足に直面している企業に向けて、日本における人手不足の現状と原因を掘り下げるとともに、企業が取り組むべき対策を解説します。
人手不足に陥る企業の割合は年々増加傾向にあり、多くの企業にとって喫緊の課題です。特に日本では、少子高齢化の進展に伴い、深刻さを増しています。
株式会社帝国データバンクの調査では、2024年1月時点における全業種の従業員の過不足状況について、正社員が「不足」と感じている企業は 52.6%という結果でした。この結果は、1月としてはこれまで最も高かった2019年(53.0%)に次ぐ高水準となっています。
出典:株式会社帝国データバンク 人手不足に対する企業の動向調査(2024年1月)
現在の日本における人手不足の問題は、さまざまな要因が複雑に絡み合って生じています。主な要因として以下が挙げられます。
少子高齢化
人材の流動化
人材のミスマッチ
日本が深刻な人手不足に陥っている背景には、急速な少子高齢化が大きく影響しています。
日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに減少の一途を辿り、総務省統計局の調査によると、2023年には1950年以降最低となる59.5%まで低下しました。
出典:総務省統計局「人口推計(2023年(令和5年)10月1日現在)」
また、人口ピラミッドでは、50歳前後を境に年齢が若くなるほど、人口が減少していることが分かります。特にこれから働き手となっていく15歳未満の人口が著しく減少しており、今後も人手不足は続いていくことが予想されます。
出典:総務省統計局「人口推計(2023年(令和5年)10月1日現在)」
従来は、企業に就職すれば定年まで勤め上げることが一般的でした。しかし近年では、より良い待遇や労働環境を求めて転職を繰り返す人が増えています。
特に、優秀な人材は、自分のスキルや経験を活かせる職場を求めて、積極的に転職活動を行う傾向にあります。
また、若年層を中心に、仕事や働き方に対する考え方や価値観も変化しており、仕事へのやりがいや仕事を通じて自己成長を求めるようになりました。
この流れは、企業にとっては大きな課題となっています。人材の確保が困難になるだけでなく、人材育成にかけた時間やコストが回収できない可能性も高まるからです。そのため、企業はこれまで以上に人材の獲得と育成に力を入れる必要性が増しています。
求職者が希望する仕事内容と、企業が求める人材のミスマッチも、人手不足を深刻化させている一因です。
2023年の東京ハローワークのデータによると、事務的職業の求人数が23,943に対し、求職者数が46,283と、約22,000人の差があります。その一方で、販売の職業やサービスの職業、福祉関連の職業などは求職者数よりも求人数が上回っています。
このことから、求職者が「働きたい」と思う職種と、企業が「人材を獲得したい」と思う職種にはミスマッチが起きていることが分かります。
参考:東京ハローワーク「職種別有効求人・求職状況(一般常用)2023年3月」
人手不足はどの企業にも共通の課題であるものの、その度合いには業界・業種で差が見られます。各種データをもとに確認していきましょう。
厚生労働省では、企業が労働力について「不足」と感じている度合いを数値化した「労働者過不足判断D.I.※」という指標を用いて、各産業の人手不足状況を調査しています。この値が高いほど、その産業において人手不足が深刻であることを示します。
※労働者過不足判断D.I.とは、調査対象となった事業所の中で、「労働者が不足している」と回答した事業所の割合から、「労働者が過剰である」と回答した事業所の割合を差し引いた値のこと
参考:厚生労働省「労働経済動向調査(令和6年2月)の概況」
産業名 | 労働者過不足判断D.I. |
学術研究,専門・技術サービス業 | 66 |
建設業 | 65 |
情報通信業 | 62 |
運輸業,郵便業 | 59 |
医療,福祉 | 59 |
サービス業(他に分類されないもの) | 59 |
宿泊業,飲食サービス業 | 56 |
製造業 | 47 |
生活関連サービス業,娯楽業 | 46 |
不動産業,物品賃貸業 | 46 |
卸売業,小売業 | 30 |
金融業,保険業 | 37 |
生活関連サービス業,娯楽業 | 46 |
出典:厚生労働省「労働経済動向調査(令和6年2月)の概況」をもとに作成
「学術研究,専門・技術サービス業」や「情報通信業」などの他に、2024年問題が大きく影響するとされている「建設業」「運輸業・郵便業」「医療・福祉」などが上位に入る結果となっています。
また、株式会社帝国データバンクでも人手不足に関する調査を実施しており、業種別では「情報サービス業」が最も人手不足を感じているという結果が出ています。さらに「旅館・ホテル業」においても人手不足が続いているという結果となっています。
参考:株式会社帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2024 年 1 月)」
さて、ここからは特に人手不足の課題を抱えている以下の5業種について解説します。
建設業
情報通信業
運輸業・郵便業
医療・福祉業
宿泊業
建設業が抱える問題として、若手就業者の減少が挙げられます。国土交通省によると、建設業では55歳以上の就業者が35.9%(令和4年)を占めており、全産業における割合よりも高い数値を示しています。一方で29歳以下の就業者は11.7%であり、全産業の割合よりも低い数値です。
これは、建設業に対して、厳しい労働環境や長時間労働といった悪いイメージがあることや他業界と比較して給与水準が低いことにより、就業先として若者に敬遠されているといえます。このような状況が続けば、熟練技術者の退職に伴い、技術継承が困難となり、業界全体の生産性低下につながることが懸念されています。
参考:国土交通省「建設業を巡る現状と課題」
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IT技術の目覚ましい進歩に伴い、情報通信業の市場は拡大の一途を辿り、人材の需要が急増しています。特に、AIなどの最先端技術の導入が加速する中、これらの技術に精通した専門人材の不足が深刻化しています。
さらに昨今の日本において、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進が加速するにつれて、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出や、既存ビジネスのデジタル化を牽引するデジタル人材の需要が急上昇しています。この人材不足は、企業のDX推進を遅らせる要因となり、日本の国際競争力の低下にもつながりかねません。
運輸業・郵便業では、ECサービスの急成長に伴う物流量の増加が深刻な人手不足を引き起こしています。国土交通省の調査によると宅配便の個数は年々増え続けており、令和4年(2022年)には約50億個に達しています。
他の業種と比較して労働時間が長く、賃金の水準は低いこともあり、求職者が集まりにくい状況となっています。
参考:国土交通省「令和4年度 宅配便等取扱個数の調査及び集計方法」
医療・福祉業の中でも特に介護分野では人手不足が深刻な問題となっています。厚生労働省によると、2022年度時点で約215万人の介護職員を2026年度には約240万人(+約25万人)に、2040年度には約272万人(+約57万人)まで増やす必要があると推計しています。
高齢化社会の進展に伴い、介護の需要はますます高まっているにも関わらず、介護職に対して低賃金や夜勤などの重労働といったマイナスイメージが生じており、人材の確保が困難な状況となっています。
参考:厚生労働省「介護人材の確保について」
参考:厚生労働省「介護人材確保に向けた取組」
参考:公益財団法人介護労働安定センター「令和5年度「介護労働実態調査」結果の概要について」
宿泊業では、インバウンド需要の回復による宿泊施設の稼働率向上に伴い、人材確保が喫緊の課題となっています。しかし低賃金や不規則で長い労働時間といった労働環境の問題から離職率が高く、さらにはコロナ禍で一時的に他業種へ離職した従業員が復職しないケースも増えているため、人手不足が深刻化しています。
この状況に対し、宿泊業では、賃金水準の引き上げや労働時間の短縮など、労働環境の改善に取り組むとともに、外国人労働者の採用を積極的に進めています。また、予約管理システムの導入や無人化など、IT技術を活用した業務効率化も推進されています。
人手不足は、職場環境および企業経営にさまざまな悪影響を及ぼします。
人手不足の状態だと、限られた人員で業務を遂行する必要があるため、従業員一人ひとりの業務量が増加します。その結果、残業をしたり、休暇取得の機会を減らしたりして業務を行なう必要が生じます。このような状況が長期化すると、従業員の健康状態の悪化やモチベーション低下を引き起こす可能性が高まります。これは日々の業務遂行にも悪影響を及ぼし、生産性の低下にもつながるでしょう。
人手不足は、企業の存続に関わる深刻な事態を引き起こす可能性があります。人手不足の状態だと、業務に携わることができる人員が少なくなることから、必然的に処理可能な業務量も縮小していきます。既存の従業員がいくら努力しても、一人ひとりの業務処理量には限界があるからです。
事業維持に精一杯の状況では、新規事業への投資や、市場の変化に対応するための柔軟な対応が困難になります。その結果、競合他社との差が拡大し、優秀な人材の流出にもつながりかねません。さらに、熟練工の高齢化による退職は、企業が長年培ってきた技術やノウハウが失われ、競争力の低下につながることが懸念されます。
人手不足解消のために実施したい5つの対策
人手不足の解消へ向けてどういった取り組みをすれば良いか、ここでは、企業が取り組むべき対策を5つ挙げ、それぞれ解説していきます。
自社の従業員の定着率を上げる
学び直し(リカレント)制度やリスキリングを推進する
業務効率化を図る
業務の標準化とマニュアル化を進める
アウトソーシングを活用する
せっかく採用した人材が短期間で退職してしまうと、採用活動の費用対効果が低くなるだけでなく、人手不足の解消にもつながりません。そのため、従業員が長く働き続けたいと思えるような職場環境づくりを行ない、従業員の定着率を向上させることが重要です。具体的な施策としては以下のようなものが挙げられます。
施策例 | 内容 |
評価制度の見直しと適正な報酬体系の構築 | 従業員の貢献を客観的に評価し、その成果を報酬に反映させる透明性の高い評価制度を導入する。 |
柔軟な働き方の導入 | テレワークやフレックスタイム制、兼業・副業の許可など、従業員の多様なニーズに対応した柔軟な働き方を導入する。 |
福利厚生制度の充実 | 健康診断や保養施設の利用、育児・介護支援など、従業員のライフステージの変化に対応した福利厚生を提供する。 |
社内イベントの開催 | 従業員同士の交流を促進するために、懇親会やスポーツ大会、ボランティア活動など、従業員が気軽に参加できるようなイベントを開催する。 |
キャリアパス設計の支援 | 定期的な面談などを行ない、従業員のキャリア目標を把握し、その実現に向けた具体的な行動計画を立てる支援を行なう。 |
現代社会は、技術革新や産業構造の変化が急速に進み、企業に求められる人材像も日々変化しています。このような状況下で、従業員のスキルや知識が陳腐化し、企業の競争力が低下してしまうリスクは常に存在します。
学び直し(リカレント)制度とは、従業員が継続的に学び直し、スキルアップを図るための仕組みです。企業は、従業員のキャリアパスや組織の目標に合わせた教育プログラムを提供することで、従業員が常に成長し続けられる環境を整備することができます。
リスキリングは、既存のスキルや知識とは異なる分野のスキルを習得し、新たな価値を創造することを指します。例えば、AIやIoTといった新たな技術を学ぶことで、従業員は新たな業務に挑戦し、企業の成長に貢献することができます。
このような学びの機会を設けることで、従業員がスキルアップし、企業としての競争力の強化につながるでしょう。従業員にとっても、新しい知識やスキルを習得する機会を得られることで、モチベーションや仕事へのエンゲージメントを高める効果が期待できます。
人手不足が深刻化する状況下では、従業員一人ひとりの生産性を向上させ、少ない人員で多くの成果を創出することが求められます。
そのためには、非効率な業務プロセスを見直し、無駄な作業を減らすことが必要です。業務改善を進める際は、まず、現状の業務を詳細に可視化することから始めましょう。業務フロー図などを作成し、各工程の担当者、処理時間、使用するツールなどを明確にすることで、非効率な部分や改善の余地がある箇所を特定することができます。
次に、特定された問題点を解決するための改善策を検討します。例えばITツールの導入は、業務効率化の有効な手段の一つです。RPA(Robotic Process Automation)のようなツールを活用すれば、定型的なデータ入力などの単純作業を自動化し、従業員はより付加価値の高い業務に集中することができるようになるでしょう。
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人手不足の対策として、業務の標準化とマニュアル化も有効な手段の一つです。業務の標準化では、ある業務に対して、最も効率的で質の高い方法を定め、一般的にはそれをマニュアル化したうえで全従業員に対して共有することになります。
業務の標準化とマニュアル化によってもたらされるメリットとして、まず業務品質の安定化が挙げられます。マニュアルに沿って作業を行うことで、人によって作業品質がばらつくことを防ぎ、安定した品質のサービスや製品を提供できるようになるからです。また、マニュアルを見れば誰でも業務を遂行できるようになることで、特定の従業員にしかできない業務を減らし、その従業員が不在の場合でも業務が滞るリスクを軽減できます。その結果、業務効率の向上が期待できます。
自社で対応しきれなくなった業務を外部に委託することで、従業員の負担を軽減しながらも業務を円滑に継続することができます。例えば、これまで手間がかかっていた定型業務などをアウトソーシングすることで、従業員がコア業務に集中できる環境が整い、新規事業の開拓や事業拡大など、企業としての成長の可能性が高まるでしょう。
また、専門性の高い業務において、適切な人材を採用することが難しい場合、その業務を外部のプロフェッショナルに委託することで、人件費を抑えながらも質の高いアウトプットを得ることが期待できます。
正社員として人材を雇用する場合、即戦力として活躍できるとは限らないため、毎月の給与や保険料などの支払いに加えて、教育にかけるコストも必要です。
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本記事では、日本における人手不足の現状と原因、さらに企業が取り組むべき対策について解説しました。少子高齢化が進む中、労働人口の減少は避けられず、企業にとって人材確保がますます難しくなることが予想されます。そのため、労働環境の改善や業務効率化、アウトソーシングの活用など、自社に適した対策を早急に検討することが重要です。
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